読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2015年を振り返る

2015年を振り返ってね。改めて言いたいのは変化なんだよ。ブログやTwitterにしても2015年6月ぐらいまでは誰かと交流することなく鎖国している状態だった。

このままじゃいけないと思ってさ。動き始めて半年が経ち、ブログにしてもtwitterにしても状況が変わっていった。

藤子・F・不二雄さんの未来の想い出じゃないけどね。もしも鎖国状態のままブログをやっていたら果たして何か変化があっただろうか、と思うのだ。

そりゃアクセス数的には変化があったかもしれないけどさ。自分はこのブログで何度も言っているんだけどね。

PV数があっても反応や反響がないよりかはさ。例えPV数が少なくても反応や反響があればいいよねって考えなんだ。

だからなのかな、はてなブログ開設4ヶ月ぐらいの弱小ブログだけどね。反応や反響があることに感謝しています。

それぞれ生まれた場所や環境は違うんだけどさ。それでも誰かしら日々ブログを更新している。

よく読むブログはね、書き手の人柄や生き様を知るようになってさ。時にはコメントのやり取りをし交流が始まっていく。

お互いに日々ブログを書く行為をしている。時には苦しみや悲しみを書くこともあるし、楽しかったことや喜びを伝える。手塚治虫さんや藤子・F・不二雄さんじゃないけどね。

自分はインターネット上のトキワ荘にいて日々切磋琢磨しているんじゃないかって感じるようになった。

常に誰かしらアンテナをはっていてさ。ツイキャスがブロガーの間で話題になれば、こぞっていろんなブロガーが記事にするしね。

中には実際にツイキャスを始める人もいる。記事を言及し合うことで情報が共有化されていく。

もうね、いろんなブロガーから刺激を受けることが多くなってさ。すげーなって感じたんだ。

2015年は原稿用紙50枚分ぐらい書き溜めていたものがあってね。100枚ちょっとまで書いたらどこかに応募しようかと考えていた。

結局2015年は原稿枚数増えずじまいで終わってしまった。引き続き2016年になってもさ。再度向き合いたいと思っている。

ひとつ心残りがあってね、おじいちゃんにブログを教えておけばよかったと後悔している。

おじいちゃんが脳梗塞で倒れた で話したけどさ。おじいちゃんはもうこの世にはいない(12月に亡くなってしまった)。

おじいちゃんが使っていたノートパソコンを形見代わりにしてね。キーボードを叩いている日々を送っている。

ノートパソコンを起動するとパスワード入力画面になる。ニタって笑っているおじいちゃんの写真が表示されるんだ。

パスワードを入力するんだけどさ。思えば自分がおじいちゃんのボケ防止のためにパスワードの設定をしていたんだ。

時間が経つと起動するためのパスワードを忘れてしまうみいたいでね。キーボード下部にパスワードの書いたシールを貼っていたんだよ。

 おじいちゃんが 

「生きている間にユーちゃんが鍼灸師になった姿が見れるかな?」

と言うのだけれど、自分は

「何バカなこと言ってんの。おじいちゃんは長生きするよ」

なんて笑顔で答えたっけ。あの頃のおじいちゃんは元気でね。今年の年賀状はパソコンで作りたいとかさ。

一太郎で小説を書きたいとか言ってたんだ。脳梗塞になって病院に入院したんだけどね。

誤嚥(ごえん)が原因で肺炎になってしまった。それからほどなくしてあっけなく逝ってしまった。

おじいちゃんが危篤だと知らされた時、自分は学校を休んでおばあちゃん家にいたんだけどね。

夜中に電話があってさ。すぐに車を走らせて駆けつけたんだけどね。おじいちゃんのさいごの瞬間を見ることはできなかった。

病室に到着した時には、すでに亡くなっていてさ。おじいちゃんの顔を手で触ると、まだほんのりとあたたかった。

できればさいごの瞬間を自分は見守りたかった。おばぁちゃんや母親、母親の妹は泣いていた。

自分も涙がでそうになったけど、ぐっとこらえた。おじいちゃんは高齢者にしてはパソコンに詳しくてさ。

パソコン2台使って株の取引もしていてね。本当なのかどうなのか分からないけれど、ホリエモンと連絡して、高齢者でパソコンを使いこなしているおじいちゃんがいるということで会う約束をしたらしい。

でもその矢先、心臓がおかしくなってペースメーカーをつけることになってさ。会う約束もどこかへいってしまった。

後年、おじいちゃんが何度もホリエモンの話をするからさ。きっとそういう話があったのかなって思う。

今はもうおじいちゃんはいないから分からないことなんだけどね。いつもどこかでおじいちゃんに見守ってもらっている気がします。

我が闘争 (幻冬舎単行本)

我が闘争 (幻冬舎単行本)