スマホやテレビに依存することはいけないことなのか?

スマホやテレビに依存することはいいのか悪いのか考えてみた。最近、電車を利用していて感じるのは人身事故。

このような事故のおかげで電車に長時間待機しないといけない時があった。幸いにも椅子に座っての長時間待機だったので大丈夫だったんだけどさ。

ずっと立ちっぱなしの人の中には気分が悪くなった人もいたみたい。機械化により地下鉄などのワンマン運転の電車もあってね。そこでの人身事故はないんだって。

ワンマン運転化の機械化は費用がかかるみたいで全路線に実施されているわけではないけどさ。

今後のさらなるワンマン運転化により人身事故を未然に防げる世の中になればいいなぁって思ったね。

身近な例ではインターネットを使った通信制の大学もパソコンやインターネットの機械の進歩によってできた。

機械化あってこそ大学も成り立つわけでさ。機械に振りまわされているというよりもね。

このような大学で学ぶ生徒達は使いこなしているように感じる。これは自分が体験して感じるんだけどさ。

機械によって踊らされるのではなく使いこなせるということ。自分は通学のため電車に乗り席に座っているけどね。

その時にスマホやタブレットを使って勉強したり、文章を書いたり、ブログ記事を読んだりしている。

電車でぼーとする性分でもないし、電車の移動中の時間を有効的に使っていると思っている。

スマホに依存するってどういうことなのだろう。やっぱりそれは形見はなさずスマホを握りしめ没頭する人のことを言うのかな。

最近では歩きスマホしながら駅のホームに落ちてしまったり、人とぶつかってしまったりする人もいる。

前方にいる人の歩き方おかしいな。突然立ち止まるしなと感じたことがあったんだけどさ。その人を抜かした時、やっぱり歩きスマホしてた。

また見もしないのにテレビをずっとつけっぱなしのテレビ依存等、見方を変えれば機械に依存して生きている人たちがいるのも事実なんだよ。

一人暮らしの老人がテレビのインタビューでね

「一人で暮らしていると寂しいので見もしないのにテレビをずっとつけっぱなしにしている。そしたら誰かいるようで」

と悲しげに語っていた。高齢化社会がさらに進み、テレビをつけっぱなしの高齢者の人が今後増えるかもしれない。

そう考えるとスマホやテレビに依存していると思う人もいれば、スマホやテレビに依存していないと思う人もいるのかもしれない。

ユーリオ的まとめ

いろんな繋がり方があってさ。リアルで繋がらなくてもインターネットで繋がる場合もある。

自分にしてもブログをやっているおかげで、リアルで会ったことのない人たちと知り合えたし、交流をさせてもらっている。

そうするとね、不思議と自分はひとりではないんだって感じるんだ。向き合っているのはスマホだったりパソコンだったりするんだけどさ。

その向こう側に、間違いなく人がいるような気がする。自分は部屋にテレビがないので依存していないけど、パソコンやスマホはあるからね。

依存しているでしょ? と言われれば、しているかもしれないと答える。だってパソコンやスマホがないと記事を読むことも書くこともできないのだから。

今日のうさぎ 6 / Today's rabbit 6

ネット依存症 (PHP新書)

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