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ソクラテスの生き方・考え方「ソクラテスの弁明・クリトン」【読書】

ソクラテスの弁明・クリトン

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

読み終えて、正直に感じたのは議論好きの気難しい人という印象だった。信念があり例え死を選んだとしても、それを貫く芯の強さを感じたんだ。 ただ、訳の言葉遣いと自分の知識不足によるものだと思うのだけどさ。ソクラテスが何を言いたいのか分からない部分が多々あったんだよ。それでも読んでいて印象に残った言葉をピックアップしてみます。

もっとも人が他を教育する能力を持っているならば、謝礼を受けるのは結構なことと自分にも思われる。例えばレオンティノイ人ゴルギヤスやケオス人プロディコやエリス人ピッピヤスがそれである。

何かを教え、それに対して報酬をもらうことに関しては非常に理解できた。やはり生活をしている人からすれば、無料奉仕で何か教えていくのは無理がある。(お金がありあまって裕福な生活をしている人は別) 生活費をどこからとってくるのかという死括問題にもなるからね。それにお金を払ったということで学ぶ人も、無料で学ぶよりも真剣さが違うと思う。

私には一種の神的で超自然的な徴[声]が現れることがあるということである。しかもそれは実にメレトスもまたその訴状の那かに嘲笑的に言及しているところなのである。これはすでに私の幼年時代に始まったもので、うちに一種の声が聴こえて来るのである。

彼は神秘的なことを言っているように感じる。それはインスピレーションや閃きのことを言っているみたいなので理解できた。誰しもそのような経験はしたことがあるのではないだろうか。

また私は報酬を得る時には語るが、他の場合には語らぬということなく、むしろ貧富の差別なく何人の質問にも応ずるのみならず、望む者には私の質問に答えつつ私のいうところを聴くことも許したのだった。

報酬をくれなければしゃべらないというスタイルではなく、あくまでも望む者に対して、口を開いて話すという行為は理解できた。そしてこのような行為は良いことだと思うんだよ。今はインターネットの時代になったけど、自分が分からないことを書き込み、不特定多数の知っている誰かが知っていることを書き込むという掲示板のようなものもある。ブログで分かりやすく親切丁寧に書いている人もいる。

諸君、他日私の息子共が成人した暁には、彼らを叱咤して、私が諸君を悩ましたと同じように彼らを悩ましていただきたい、いやしくも彼らが徳よりも以上に蓄財その他のことを念頭に置くように見えたならば。またもし彼らがそうでもないくせに、ひとかどの人間らしい顔をしたならば、その時諸君は私が諸君にしたと同様に彼らを非難して、彼らは人間の追及すべきものを追及せず、何の価値もないくせに、ひとかどの人間らしい顔をしているといってやっていただきたい。諸君がもしそれをしてくれるのならば、その時、私自身も私の息子共も、諸君から正当の取り扱いを受けたというべきである。

ソクラテスの言いたいことは理解できるのだけれど、自分はここまで徹底したいとは思わなかった。ソクラテスは討論でとことん相手に引き下がることなく、自分の主張を全面的に出すということ。 譲歩することなく突き進んでくる印象を受けた。討論でその時勝ったとしても、負けた側は自分を負かした相手を恨むんじゃなかな。

ユーリオ的まとめ

ソクラテスの生き方・考え方・行動について、本人が信念を持ってやり抜いたのだから、自分は否定することはできません。また、その生き方に感化され、ソクラテスの弟子であるプラトンがソクラテスの弁明・クリトンを書いたのは素晴らしい師弟愛ではないかと感じました。

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)